象と象使いをつなげる:モチベーションの役割

アントニオ・ラビサ・パルメイラ ルゾフォナ大学CIDEFES(ポルトガル); ISBNPAエグゼクティブディレクター 健康関連行動を長期にわたり持続させるモチベーションにはさまざまな要因が影響しています。行動科学者は、これらの要因をどのように組み合わせるべきかを解明しようとしています。たとえば、私はほぼ毎日ジョギングをし、30年以上続けています。私はこの習慣をどのように維持し、そしてなぜ続けることができたのでしょうか?ダニエル・カーネマンは二重システムの影響を指摘するでしょう。つまり、本能と感情を扱うシステム1と、熟慮的で意識的なシステム2があり、運動は健康に良いことを私は知っているのでシステム2が私に走れと命じていると考えられます。一方、エドワード・デシなら走ることが内発的に動機づけられていて、走ることは私の価値観やアイデンティティと合致するだけでなく、楽しいからだというでしょう。

食べるべきか食べざるべきか、それが問題です。健康心理学の専門家は人々が食の安全を守るのをいかに助けることができるのでしょうか?

バーバラ・モーラン、カーティン大学(オーストラリア) 問題 毎年世界中で10人に1人(約6億人)が汚染された食品を食べて病気になり、42万人が亡くなっています。こうした事例が発生する場所は地理的な偏りがあり、アフリカ、東南アジア、および東地中海地域で食中毒のリスクが非常に高いです(地域別の食中毒リスクの詳細については、こちらをご覧ください)。これらの地理的な違いに加えて、食中毒の原因となる物質にも様々な種類があります(ウイルス、細菌、寄生虫など)。 「農場から食卓まで」の食品安全チェーンには多くの段階があります。農家、産業、レストランが食の安全を守るのを支援する仕組みはありますが、食品を安全に取り扱う上で消費者の果たす役割は見過ごされがちです。食中毒予防の最終段階は消費者がいかに安全に食品を取り扱うかであるため、消費者の役割は非常に重要です。家庭で発生する食中毒の発生率は調査により大きく異なり、 11〜87%に及びます。消費者が家庭で食中毒にかかるリスクを最小限に抑えるために健康心理学の専門家ができることはたくさんあります。 食中毒の発生につながる行動にはさまざまなものがありますが、世界保健機構は食品を安全に摂取するための5つの鍵を発表しています。 手と食器を清潔に保つ 生鮮食品と調理済み食品を分ける(特に市場やお店から戻り、冷蔵庫に食品を保管するとき) よく加熱する 食品を安全な温度に保つ(温かい食べ物は温かく、冷たい食べ物は冷たく) 安全な水と原材料を使用する 消費者行動の予測 消費者行動に関する初期の研究は、消費者の知識を行動の主要な影響因と捉えていました。しかし、系統的レビューにより、知識が必ずしも安全な食品取り扱い行動につながるとは限らないことが明らかになりました。これは他の健康行動にも言えることです。とは言え、知識はやはり必要です。たとえ行動を変えるのに十分でないとしても、行動の「方法」と「理由」をよりよく理解するのに役立つからです。 知識のほかに消費者が食品を安全に取り扱うようになるための要因は何かと考え、研究者たちは心理学の諸理論に注目しました。例えば、計画的行動理論、防護動機理論、健康信念モデルなどです。最近のレビューでは、行動の意図、社会的規範、自己効力感、習慣が消費者の安全な食品取り扱い行動に重要な影響を及ぼすことが明らかとなり、これらの概念に基づく介入が行動改善に効果的である可能性が高いと結論付けられました。 食品衛生への介入 もう1つの画期的なレビューにより、家庭での食品安全を改善するために教育的介入にも効果があることが明らかとなりました。しかしながら、消費者を教育するのに加えて、心理社会的要因にアプローチする効果的な介入方法があります。たとえば、計画的行動理論に基づく介入例では、安全な食品取り扱い行動へと変容させることに成功しました。この介入では、大学生に食品安全情報を提示するとともに、具体的な計画や行動への障壁を特定するなどの戦略を用いることにより、食品を安全に取り扱いたいという意図と、自分はそれができるというコントロール感を高めようとしました。介入の結果、コントロール感と安全な食品取り扱い行動の両方が増加しました。この研究結果は、食品を安全に取り扱う方法を教育し、そのための具体的な計画を立てるように促すことによって(たとえば、肉と野菜で別々のまな板を使用する計画を立て、そのための具体的な方法を一緒に考える、など)、クライアントを支援できることを示唆しています。 習慣理論に基づく介入にも効果が認められました。この介入は、情報ポスター(手がかり)を提示し、 3〜5日ごとに行動を促すリマインダーを送ることにより、大学生が食卓用ふきんを電子レンジで加熱する習慣を身に付けることができました。この行動は3週間の介入期間で大幅に増加し、3週間のフォローアップ期間でも維持されました。この結果は、クライアントに食品安全情報を提示した上で、具体的な行動の習慣を形成する支援が有効であることを示唆しています(たとえば、ふきんを電子レンジで加熱するように週一で電話のリマインダーを設定しておく)。 これらの研究から、クライアントが食の安全を守るための行動に取り組むのを支援するために、健康心理学の専門家ができることはたくさんあることがわかります。食の安全についてクライアントを教育することからはじめ、その行動ができるという自信を高め、習慣づけられるように支援するのです。 最後に、すべての消費者に食中毒のリスクがありますが、とくに妊婦、5歳未満の子ども、免疫力が低下している人はハイリスク群であり、人口の約25%を占めます。したがって、健康心理学の専門家はこれらの介入を実行する最適な機会を捉え、慢性疾患を抱えている人、小さい子どもの両親や高齢者、妊娠を考えている女性にアプローチすることが重要です。 実践に役立つヒント 食の安全は家庭から始まること、食品安全行動の意図、社会的規範、自己効力感、習慣などが行動の重要な契機になることを人々に教育しましょう。 […]

プライマリ・ケアにおけるアルコールのブリーフ・アドバイスの改善:診察台の両側からの意見を踏まえて

エイミー・オドネル(英国、ニューカッスル大学) 近年ヨーロッパの一部の地域では飲酒率が低下しており、中でも若者の間で顕著です。しかし、過度のアルコール摂取は、病気や早世の主要な危険因子であることに変わりはありません。多量飲酒者と判定された人に簡単で手短なアドバイスを提供することはアルコール摂取量の抑制に効果があり、特に一般開業医(GP)や看護師などのプライマリ・ケアの従事者が行う場合に非常に有効です。アルコールのブリーフ・アドバイスはエビデンスに基づき構造化された短い会話で構成され、アルコールの害を減らすために飲酒行動の見直しをするよう、患者を励まし支援することを目的としています。会話において重要な要素というのはまだ完全には特定されていませんが、患者の飲酒量に関するフィードバックと患者自身による飲酒行動のモニタリングは特に効果があるようです。

家での時間を健康的に過ごそう

フェデリカ・ピカリエッロ,ロナ・モス=モリス キングス・カレッジ・ロンドン(イギリス) COVID-19の爆発的な流行から数週間もしないうちに世界中で日常生活は様変わりし、未来は不確実なものとなりました。行動変容(すなわち、自主隔離、ソーシャル・ディスタンス、検閲)を直ちにかつ広範に行うことによりCOVID-19の感染スピードを遅らせることが喫緊の課題であるだけでなく、精神的・身体的ウェルビーイングへの影響を考慮することで早期介入を可能にし、長期的な影響を緩和する必要があります。 迅速なレビューにより、隔離が心理的に悪影響を及ぼし、しかもその影響は長期にわたることが明らかにされました。隔離期間の長期化、感染への恐怖、感染を疑わせるような身体症状へのとらわれ、フラストレーション、退屈、スティグマ、現実的な問題などが、隔離がもたらす心理的悪影響の重要な要因として挙げられました。ポジションペーパーは、パンデミックの影響を正確に評価し、これらの影響を軽減するなど、メンタルヘルス研究の優先事項を列挙しています。また、個人がウェルビーイングを維持するための最適な生活を実現しやすくすることの重要性も指摘しており、これはCOVID-19対策として必要とされる推奨行動の後押しにもなることが期待されています。 この事態を予期して、私たちキングス・カレッジ・ロンドンの健康心理学部門は市民参加型のイベントを開催し、COVID-19パンデミック時に健康心理学の理論とエビデンスを用いて健康とウェルビーイングを維持する方法を解説しました。この記事では、身体的・精神的ウェルビーイング向上のために重要な4つのポイントを紹介します。 1)家での新しい健康的な日常の確立、2)症状のモニタリングの有益なバランス、3)新しいつながり方や余暇活動、4)不確実性の管理です。 1) 家での新しい健康的な日常を確立する COVID-19の流行を阻止するための措置は日常生活を根本から変えました。従来の時間軸や外からのプレッシャーがなくなり、新しい日常に適応し、時間を管理することが大変になりました。しかしこのような変化は健康的な日常を新たに作り出す機会でもあり、パンデミックの中で心身ともに健康を保つための鍵となります。 運動、座位行動、睡眠、食事、飲酒に関しては明確な推奨事項が出されています。健康的な食事と運動の促進に効果的な手法をレビューした最近の研究では、セルフモニタリングと目標設定など、2つ以上の手法を組み合わせることが重要であることが確認されています。目標については、「何を」「いつまでに」を具体的にすることも重要です。 例えば、「お酒を飲まない日を3日作る」という目標よりも「月曜日、火曜日、木曜日はお酒を控える」という目標の方が実行しやすいです。 2)症状モニタリングを適切に行う 症状をモニタリングし、咳や発熱が続くようであれば自主隔離することも、パンデミック対策として用いられています。このような状況では、身体感覚を気にして症状がないか身体をスキャンし続けてしまうのはごく自然なことです。しかし、約80%の人が1ヶ月に2つ以上の症状を経験しており、とくに呼吸器系の症状は極めてありふれた症状です。日々の身体症状は、ストレスに対する身体の逃避・闘争反応である可能性があります。そのため、ある程度の不安は感染対策の動機付けとなるため有用ですが、不安が強すぎてしまうと身体症状が悪化し、日常生活に支障をきたすことがあります。思考や感情に注意し、身体の症状から他の活動に注意をそらすことは、症状のラベル付けや再解釈(例えば、息苦しさはストレスのせいかもしれない)と同様に有効です。また、ストレスによって症状が悪化している場合は、リラクゼーションのエクササイズが不安解消に役立つこともあります。ただし実際にCOVID-19の症状がある場合は自主隔離し、重症化した場合は医師の診察を受けることが重要であるため、ありふれた症状なのか治療を要するかを適切に判断することは難しいところです。 3) 新しいつながり方や余暇活動を実践する ロックダウンを意味するソーシャル・ディスタンスという言葉は皮肉と言わざるを得ません。物理的な距離を保ちつつ、社会的なつながりを保つ方法を見つける必要があるからです。社会的孤立や孤独は死亡率や入院率の上昇と関係があります。そのため、自宅にいながら遠隔で友人や家族と連絡を取り合うこと、家族と一緒の時間を過ごすこと、余暇活動を行うことなどが、隔離中の重要な対処法として報告されました。 4) 不確実性を管理する 将来どうなるのか、いつ元の生活に戻れるのかといった不安は誰もが持っています。ポジティブな感情もネガティブな感情も生活の一部です。現在の状況に対して心配、恐れ、不安を抱くことは極めて妥当な反応です。ラス・ハリス博士はアクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)の世界的に有名な臨床家であり、現在の不確実性にうまく対処するための戦略としてとても役立つ情報を挙げています。例えば、あなたが悩んでいる考え(例:「ロックダウンで家族に会えない」)を思い浮かべ、その考えに30秒間集中します。次に、この思考を「私は・・・と考えている」というフレーズの中に入れ、これに30秒間集中します。最後に、この思考を「私は・・・と考えていることに気付いている」というフレーズの中に入れ、これに30秒間集中します。一つずつ進むごとに、思考との距離が広がっていることに気づくでしょう。 実践に役立つヒント – 運動や座位行動、睡眠のサイクル、食事、飲酒についてモニタリングすることを勧めるとともに、SMART目標(Specific, Measurable, […]

健康行動を長期にわたって維持するには

ドミニカ・クワスニツカ SWPS大学(ポーランド)、メルボルン大学(オーストラリア) 健康増進プログラムの最終的な目標は、変化を長期的に持続させることであり、医療専門家はその実現のため、患者が健康状態を改善し、新しい行動を維持するよう手助けをします。しかし健康行動を変えるのは困難であり、それを長期的に維持するのはもっと困難なことです。健康心理学における一つの大きな疑問は、なぜ行動の維持がそれほど難しいのかということです。 この疑問に答えるため、私たちの研究チームは、禁煙やより活動的になるなど、健康にプラスになる行動に変えさせ、その後もこれを維持するメカニズムを説明する理論にどのようなものがあるかを調べました。その結果、行動変容とその維持プロセスを説明する理論は100個ありました。健康増進に従事する人々に良い知らせとして、私たちはこの100個の理論を長期的な行動変容のために取り組むべき5つの重要なテーマに要約することができました。